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Thursday, September 6, 2012

From my Evernote photo-diary: Auguest, 2012

エバーノート2012年8月の写真日記より…♪

Annotation: This essay was extracted from my Evernote photo-diary.
ツィターのつぶやきの中に「Evernoteで写真日記」という素晴らしいアイディアを見つけた。
その日から私は、一日に一度はスマホで写真を撮り続けている。

何枚か撮った写真の中から、その日を代表する一枚を選んで、写真にコメントを付加する。
もちろん、日によっては、一枚だけを選ぶことが難しくて、複数枚になることもあった。


今回のブログ掲示写真は(最近になって常宿化した)ホテルに備え付けのアメニティの一部を撮ったもの。
これらアメニティがあるからこそ、公私にかかわらず、最小限の荷物で身軽な旅が可能になる。




大阪にでかける時、もっぱら最近は、中之島あたりに、宿をとることが多くなった。
梅田周辺から、忙しさの度合いが増すにしたがって、新大阪駅の近くに宿をとるようになった。
それでも、最近はもっぱら中之島!

中之島であっても、バッグひとつ、荷物がほとんど無ければ、別にタクシーなど使わなくてもよい。
もちろん、無料シャトルバスもあるのだが、懐かしい京阪電車もある。
ホテルに、京阪中之島線「中之島駅」が、直結している。

むかしの京阪電車は、中之島線など無かったのに~!
私の記憶の京阪電車は「京阪三条」を始発・終着の駅として、大阪・淀屋橋につながっていた。
鴨川に沿って、川端通りとの間を、地下に潜らず地上を走っていた

鴨川沿いに走る京阪電車は、今は地下にもぐってしまったが、
京阪電車と聞くだけで学生時代の記憶が重なり来て、それはもう、稀有壮大な気分になる。



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Saturday, August 18, 2012

What is Coffee Philosophy?

珈琲哲学って、何?…♪

人生哲学philosophy of life)』と聞くと、こ難しいなぁという印象は否めないにしても、
自分が後悔しないような生き方をするための指針を、できるだけ自分で考えて、明確にしておくこと~だと
容易に想像がつくことから、哲学という言葉を用いるに、少しも違和感は無い。

それでは『珈琲哲学(コーヒーてつがく)』って言葉に対しては、はたして、どうだろうか?

墓参と母の見舞いをかねて北陸に帰っていた私だったが「フッと思い付いて」、旧・国道8号線
走ってみた。
沿道には懐かしい風景が広がっていた。
夏の強い日差しに照らされた懐かしい風景の中に、見慣れぬエキゾチックな木造の建物が見えてきた。



看板には『珈琲哲学』と書かれていたが、「コーヒーの哲学ってなんだろう?」と、私たち夫婦には、正直いぶかしく思えた。

珈琲を飲みながら哲学することなのか、あるいは、哲学しながら飲む珈琲のことなのか、意味不明のまま私たちは、店に入った。

お店は大繁盛で私たちは三十分以上待たされてから、席に案内された。



マイカーで帰省する時(今回もそうだったが)高速道路を乗り継いで、帰る。

今では、旧・国道8号線にハンドルを切ることは、ほとんど無い。


それでも、北陸高速が整備される前には、車で帰省する度に必ず通った旧・国道8号線は、私の家族にとって、『大切な想い出』がたくさん詰まった道であることに違いない。




車には何でも持ち込めたし、飛行機や列車を利用するときのように時刻を気にしなくても良いことから、
子供たちが小さかった頃に「帰郷する」と言えば、車で帰ることが多かった。

高速道路が整備された今日のように「ドアー・ツー・ドアーで5時間」という訳にはいかなかった。
だからこそ、帰郷の度に、ルートを変えて「4人家族がゆったりと車旅を楽しめる計画」に配慮した。

行程の途中に点在する名所旧跡は、ほとんど巡ったし、
子供たちが希望した懐古園松本城などは、何度も計画に盛り込んで、何度となく訪れた。

上高地安曇野、そして妙高黒姫、さらに諏訪湖周辺などは、家族全員のお気に入りの場所。
白骨温泉上山田温泉新穂高温泉奥飛騨温泉郷など、途中の名湯温泉宿に逗留することも多かった。

国道18号線から国道8号線へ、国道41号線から国道8号線へと~帰省の車旅の終わりは
いつも「旧・国道8号線」
だった。



席についた私たちは、先ず「白えびのピザ」や「パスタ」を頼んだ。
これらに舌鼓を打った後で、これもいつものように、食事の仕上げに「ホット珈琲」を頼む。

窓から北陸路の美しい緑の田園風景を眺めながら、話題はいつしか「これまでの帰省」へと移った。

子供たちが小さかった頃、高速道路網が整備される前のマイカー帰省、「あんなこともあったし、こんな
こともあった」と話す私たち二人に、期せずして、所々で、笑いが込み上げた。

どうやら『珈琲哲学』というのは、美味しい珈琲を飲みながら、
これまでの人生と人生哲学をふりかえり、これから先の人生と人生哲学に想いをめぐらす~そんな事
なのかも知れない♪



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Monday, August 16, 2010

Kanazawa, my nostalgic birthplace

生まれ故郷…金沢♪

金沢21世紀美術館21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa)の光庭に設置
された「スイミング・プール」の周囲は、ライムストーンのデッキで縁取られていた。

金沢に帰省して、再び、ライムストーンに出会えるとは!
私は、英国で最も美しい村々といわれるコッツウォルズの「色彩風景」に想いを寄せた。

コッツウォルズの家々は、
このライムストーンで造られていて、陽の光にあたると“蜂蜜色”に輝くのであった。

どうだろう~この写真は、プールの底に潜って撮った…ように、見えないだろうか?!



このプールは、
強化ガラスの上に“深さ10cmの水”が張られているだけで、
ガラスの下は水色に塗られた空間が設けられていて、ここには、別の入り口から入ることができる。

プールを覗く人も、底から仰ぎ見る人も、視覚を混乱させられる。

Amazing fake pool(偽りのプール)という“だまし絵”の世界は、
我々の シュールレアリズム surréalisme:超現実主義)写真の作成を 容易にする!



21世紀美樹館は兼六園のそばに位置している。

兼六園は、8月の盂蘭盆の期間、入園無料で開放しているが、
我々が小さかった頃は、成巽閣(せいそんかく)を除いて常時開放され、入園が自由であった。

その当時、兼六園とその周辺は、付近に暮らす子供たちの格好の遊び場であり…、
そして今、14年ぶりに『小学校の同窓会』が開かれようとしている。

同窓会に先立って、
金沢に帰省している同窓生、
既に金沢を離れてしまっている同窓生たちが集まって、
懐かしい遊び場である「兼六園」やその周辺を、昔を偲びながら、散歩を楽しんだ。




Thursday, May 7, 2009

“Kono-yubi Tomare” means “Come and join our frolic♪”.

 The koinobori carp streamers are still erected today in Japan by families with sons from around the end of April. May 5th is today a national holiday called Children’s Day. But the traditional names for it are Tango-no-sekku (Boy’s Festival) or Shobu-no-sekku (Iris Festival).
 Originally all the carp streamers were black, the top one representing the eldest son. In 1931, a young woman called Miyako Kondo wrote a song about “koinobori” that has been a kindergarten favorite ever since. Her lyrics say that the black carp streamer is otosan (Father) and the other streamers are the sons. This idea caught on.
 After World War II, with the growth of the power of woman, somehow or other okasan (Mother) also found her way on to the pole previously reserved for male members of the family. There are families who include streamers representing their daughters. And that is what most people think the streamers represent today.

この指とまれ…
     この指とまれ この指とまれ

     君のまわりは変じゃないか 
     何か気づいたことないか
     あいつはいつのも笑顔でいるけど
     胸の中にまたひとつ やばい事 隠してぃる   (♪ 吉田拓郎:作詞・作曲・歌)

この指 とぉ~まぁれっ!
人さし指を天にかざして、大声を張り上げる。
だれもが皆、それを待っていた…そして、どっと集まって来て、われ先に…指にとまるのだった。

暗黙の了解があった。
だれだれ君と、だれだれ君はきっとこの指にとまる。
それから、だれだれちゃんも…この指に、間違いなくとまってくれる!
想定した内の只の一人でも、指にとまらない人がいると、心配した皆が、その人のもとに集まる。
そして、当人の顔を覗き込んで「どうしたの?」って聴いたものだ。

仲間はみんな、各人各様に、それぞれの仲間を気遣っていた。
あの頃、たくさんの喧嘩もしたが、それでも、どんな時にでも…とても仲良しだった。
この鯉幟(こいのぼり)を見て直ぐに、私は確信した…これは、“鯉のこの指とまれ”~なのだ…と!
鯉幟が…吾が幼き日の楽しい情景…を、懐かしく想起させてくれた。

 今日でも男の子のいる家では、4月末にもなると“鯉のぼり”をたてる。5月5日は“子供の日”と称される“国の祝日”…伝統的には、『端午の節句』とも、『菖蒲(尚武)の節句』とも、呼ばれている。
 そもそも鯉幟の鯉は“黒一色”であり、一番上を泳ぐのは長男であった。 1931年に近藤宮子さんが“こいのぼり”の歌を書いた。以来この歌は、幼稚園で歌い親しまれる国民的愛唱歌となるのだが…、歌詞は『一番上が大きな真鯉のお父さん、小さい鯉は息子たち~♪』となっている。
 戦後の女性パワーの高まりに伴って、鯉のぼりに関しても「どうにかしたい」お母さんも、赤い鯉のぼりの姿で、これまで男性に独占されていた棹に姿を表すことになった。娘さんも鯉のぼりに加わった。このようにして鯉のぼりは、現在のカラフルな姿になったのである。


新緑につつまれた日光金谷屋ホテルG/Wに遠出などしたくなかったのだが、慶事の案内が寄せられたのだから、これを断る手は無い。
場所は日光金谷ホテル…「いずれは、夫婦二人でゆったりと~」と秘かに決めていたホテルである。かつて軽井沢万平ホテルの雰囲気の良さに酔い痴れたことがある。
軽井沢の老舗旅館“亀屋”の主人であった佐藤万平が 明治27年にオープンさせたホテルは、数々の“歴史のヒノキ舞台”に登場した由緒あるホテルであった。

もちろん、ホテルの王者とされるリッツ・カールトンとは…比べようもないのだが、それでも居心地の良さは天下一品…。わたしは、ホテルが大切にしている…(夏の定宿としていたジョン・レノンが、お気に入りにしていた)ピアノに、そっと触れて自分の指紋を残してきた。

その時以来、関東にある『三大・木造クラシックホテル』を制覇することを夢見てきた。
二つ目の「日光金谷ホテル」を制した今…残るは、箱根冨士屋ホテルのみ!
マイカーは、首都高から東北道へ…!
埼玉県、群馬県、栃木県に至るも、高速道路はトンデモナイくらいに“大渋滞”!

渋滞のおかげで、ゆっくり運転席から…爽やかな田園風景を…眺めることができた♪
沢山の鯉幟が五月の真っ青な空をカラフルに染めて遊泳する絶景を、心ゆくまで堪能した。
ところで皆さん
 ご自身の“想い出”の“こいのぼり(鯉幟)”とは、いったいどんな情景だったのでしょう…?!