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Sunday, April 15, 2012

To watch spellbound the ever-changing scene of early spring

刻々と変化する早春の情景を見る…♪


満開の桜の下に身を置くと、知らず知らず 心が和んでくる

意識して、口もとを少しだけ、ほほ笑む形 にする
すると、どうだろう。
それだけで全身から緊張が解けてゆく。

肩の力を抜いて、体幹を正して、深い呼吸する。
吐く息吸う息にのみ意識を集中させて「長ぁ~い息」を繰り返す。

『長ぁ~い息』は『長生き』に通ずるのだという。



長生きは、 西行(さいぎょう)法師にならう「花の瞑想への誘いである。

西行にならって、満開の桜の下で身体を整え、
深く長い呼吸で花の瞑想に入れば、全身に、あふれんばかりの春の再生の力を感じ取ることができよう。

春の光は波動となって全身の細胞を清浄化させ、まるで別人に生まれかわったようにさえ
感じさせてくれる。


平安末期を代表する歌人でもあった西行は、
自然に対する深い親密の情を詠って、我々の心を魅了した。

山川草木のみならず、鳥獣のような動物にも精霊を認め、
神的なものの顕現を感じとってきた日本人の心情
ぴったりと符合した。


とりわけ」と「に強い愛着を持った西行にとって、
自然の美がもつ救いの力」は、
信仰がもつ救いの力」よりも
強かったように思えてならない


今年のNHKの大河ドラマ『平 清盛』によれば、
『白河院の愛妾であって後に鳥羽院の中宮となった
(TVドラマの中では、壇れいが演じた)待賢門院璋子
恋をして、その苦悩から出家した』ことになっている。


鳥羽院の北面武士であった佐藤義清(さとう のりきよ)は23歳で出家して、後の西行となったのだが、
そんな恋の煩悩だけで出家したとは、思いたくはない。



高野山や吉野山などの山里の各所に草庵を結んで隠遁生活を送った西行は、しばしば諸国をめぐる
漂泊の旅に出た。

  願はくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ (西行)

この歌を詠んだ西行は、河内国(大阪府河南町)の弘川寺に草庵を結び、歌に願ったとおりに、
旧暦2月の満月(望月)の日に、この地で亡くなった(1190年、享年73歳)。

その生きざまの余りの見事さに、藤原定家などの歌人たちの感動と共感を呼び、当時から既に、大きな名声を得ていたようだ。




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Tuesday, May 31, 2011

Calmness of mind and Serenity of temper

冷静な心と長閑な気性

ビールのようであって、ビールではない。
ビールに似せた味ではあるが、やっぱりビールではない。
今の日本には、発泡酒ノンアルコールビールなど、ビールに似て非なるものが数多く出回っている。

ビールを飲みたいが、苦しい家計が、それを許さない。
それでも「ビールが、お好き!」な日本人は、巷に似て非なるものを登場させ、それを跋扈させた。




何事にも厳格なドイツ人は、正真正銘のビールであることに固執する。
ドイツには、ビール製造に関する法律(ビール純粋令)があって“水とホップの他は麦芽100%”でなければ「ビール」とは認められない。

ビールには、お国柄土地柄が、色濃く反映されていると思う。
冷静な心や、長閑な気性が、味の違いになって現れてくるようだ!


ベルギーには、それこそ数え切れない位までに、たくさんの種類の不思議なビールが有り、
ビール発祥の地を自任するチェコには、質実で剛健な味を持つビールが、これ又、数多く存在する。

麦芽50%以上であれば「それで、良し!」とされる“日本のビール”ではあるが、それでも最近になって、
わざわざドイツの地で 麦芽100%ビールを生産する 日本メーカが現れたし、嬉しいことに、
地ビールなるものも、日本の各地で造られるようになってきた。

美味しいビールに出会う旅…それが公のものであれ、私的なものであれ、素晴らしくて、楽しいものである
ことに違いはない(*^^)v



Sunday, January 23, 2011

There is a knack in enjoying life.

人生を楽しむにはコツがある…♪

英国の世帯あたりの平均年収は460万円といわれ、ヨーロッパ諸国の中では低いほうの部類に入っている。
それでも、世帯の平均年収が570万の日本に比べて、はるかに優雅で、楽しい暮らしが、そこにある。
お金がなくても、人は考え方一つで、豊かになれるようだ。

慎ましいお金から 紡ぎだされる英国人の暮らしは、
豊穣なスローライフそのものであり、世界の人達の“憧れ”そのものである。


英国人は、『人と過ごす時間』と『一人でいることを楽しむ時間』を区別する。
どんなに忙しくても、ゆっくり一杯の ティーを味わう、これが人生を楽しむコツなのだと言う。

一人でお茶を飲んで“peace & quiet(平和で静か)”な時間を過ごせば、くつろぎが満ちてくる。
静寂の中で、ゆっくりと、心の荷を下ろす。
ティーの習慣を、人生の如何なる場面においても、確固たる自分のスタイルとして、これを維持する。

誰かに会うこと無く、一人で一日を過ごしたとしよう。
全てのシガラミから開放されて、時間はゆっくりと流れてくれる。
終には、頭も心も整理されて、再び人と向き合いたいと思う気持ちが湧いてくる



欧州の磁器メーカーの多くが経営難にあえぐ中で、2009年になって、ついに老舗のローゼンタール
(ドイツ)やウェッジウッド(イギリス)が経営破綻する。
それでも、欧州最古の磁器メーカーであるマイセン(ドイツ)は、その命脈を保った。

マイセンは、むかしも今も、名実ともに西洋白磁の頂点に君臨する。

ザクセン選帝侯アウグストⅠ世(1670~1733)は、錬金術師に命じ、日本や中国から輸入するしかなかった磁器(白磁)の製造に成功した。
彼は、製造技術が他国に盗まれるのを恐れ、秘密保持のために、マイセンのアルブレヒト城内に磁器工房を設立する(1710年:マイセン磁器製作所の創立)。

エルベ河畔の小高い丘の上には、今もアルブレヒト城がそびえている。



我が家にも、幾つかの“ウェッジウッド”と“マイセン”が有る。
それでも、祝いの日に我が家の食卓を飾るは、“九谷焼(くたにやき)の食器”と、決まっている。

故郷の金沢市から南に、小松市へと向かう途中の「(九谷焼の本場=)寺井町」に、伯母さんがいて、
その伯母さんからいただく慶事の引き出物は、決まって九谷の名品と定まっていた。

九谷焼の食器がある食卓を囲むとき、私は、いつも故郷を想ってしまう。

金箔入りのお酒を九谷焼の杯に注いで、九谷焼の器に盛り付けたお刺身に金箔を降りかけると、
田舎の家族を…、親族を…、そして旧友達を…想い出す。
そして、当然のように、Hurry-Sickness syndrome:急ぎ病症候群 から開放される。
  Once there was a way to get back homeward.
  Once there was a way to get back home.
 ── そこには故郷へと続く道があり、我が家へと続く道が在った ──



Monday, December 13, 2010

It was the only even to see Canadian Sunset.

カナダの夕陽が見たかった♪

セント・ローレンス川を渡れば、そこはもうカナダ。

エリー湖の湖水はナイアガラの滝を落下して、オンタリオ湖へと流れ込み、
オンタリオ湖の湖水はセント・ローレンス川を流れて、ついには大西洋へと 流れ出る。

湖水の流れる経路は、そのままニューヨーク州の境界線であり、同時に米国とカナダの国境線でもある。

セント・ローレンス川を渡って、カナダの夕陽を観てみたい。

NHKが放映していたAndy Williams Show
テーマ曲" Moon River"のように、"Canadian Sunset"を毎週 々 くり返し歌ったアンディ。

当時の定番教科書であった Jack and Betty で英語を習い始めていた私は、
歌詞の意味などまったく理解できず、歌にあわせて映し出される日本語字幕で、その意味を知った。

そして、カナダの夕陽に、カナディアン・サンセットに、軽快で艶やかな憧れを持ち続けた。



自由のゆりかご』という愛称を持つマサチューセッツ州は、ニューヨーク州に隣接する。

1620年にメイフラワー号で英国から北米大陸に逃れてきた清教徒たちが築いた、プリマス植民地や、
彼らに続いて大西洋を渡ってきた人達が築いた、幾つかの植民地が集まって、
マサチューセッツ州の礎となった。

この州で起こった1773年のボストン茶会事件が、独立戦争へと発展する。
茶会事件を契機に、大英帝国の支配に反旗を翻し、アメリカを「自由の国」へと導いたのである。

この誉れ高い独立戦争発端の地は、
現在、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学などが並び立つ全米随一の学問の地となっている。


全行程4キロの“フリーダム・トレイル”を持つ州都ボストンには、『歩ける街』との別名がある。
ゆっくりと時間をかけて、多くの史跡を訪ね歩きたいものだ。
並木に囲まれたシックなビーコンヒル、ファッショナブルなニューベリー通りなどを歩きたい。



   アンディ・ウイリアムスの歌う「Canadian Sunset(カナダの夕陽)」をお聴き下さい(*^^)v


Tuesday, March 2, 2010

Reap a destiny

運命を変える…♪

Sow a thought,
 and you reap an act;

Sow an act,
 and you reap a habit;

Sow a habit,
 and you reap a character;

Sow a character,
 and you reap a destiny.


※ 運命を変えるには、具体的アクションが…♪ ※
 どうしてこんなことに…なってしまったのか。
 なぜ私だけが…、こんな目に遭わなければならないのだろうか。

 誰もが長い人生で、いたたまれない宿命を感じて、一度や二度は、このように思ったことがあるの
 ではなかろうか。

 それでも、この格言は…運命は変えることが出来る…のだと、教えている。

   思考を蒔いて、行動を刈り取り  行動を蒔いて、習慣を刈り取る
              習慣を蒔いて、人格を刈り取り  人格を蒔いて、運命を刈り取る

 思考の種を蒔くことで…行動の芽を、刈り取ることができる。
 思考を繰り返すと、知らず知らずの内に、その考えが自身の行動に反映するのが不思議だ。
 自身の行動を変えたいと願うならば、先ずは、自身の思考を変えることである。

 このように意識的に繰り返された行動は、やがて、習慣として我が身に備わることになる。
 習慣からくるその人の生き様は、その人の人格となって、人々との関係から、その人の運命を
 決定する。
   古くから英国に伝わる、この格言は、エマーソンをはじめ、多くの賢人・偉人たちが引用している。 
   とりわけ有名なのは、自助論(1858年出版)を書いた英国の作家スマイルズであろう。
   『西国立志編』と訳された、『Self-Help, with Illustrations of Character and Conduct(自助論)』は、福澤諭吉の
   『学問のすすめ』と共に、明治の大ベストセラーとなり、「天は自ら助くる者を助く」という独立自尊の精神は、
   近代日本の成り立ちに大きな影響を与えた。


 思考の種を蒔くことで…やがては運命を刈り取ることも可能であると、教えている。
 それでも、種を蒔くという具体的アクションが無ければ、生まれる芽を刈り取ることが出来ない。
 変化を起こすためには先ず、自らのアクションが求められる。