Friday, September 3, 2010
Poor men have no leisure.
「貧乏ヒマなし」と言うのは本来、『貧乏隙(ひま)無し』と書いて、
いっこうに貧乏生活から、抜け出すことができない…という意味なのだと云う。
この、貧乏から抜け出す隙(ひま=すきま)が無い…という本来の意味を逆手にとって、
貧乏になる隙(ひま=すきま)が無いくらいに、忙しく働く…という善い意味に、無理やりに曲解したり
もする。
『ヒマ』を、隙(ひま=すきま)ではなく、暇(ひま=のんびりした時間)と考えて、
貧乏な人は、休息やレクリエーションに使う自由時間が持てない…と解釈する人もいるようだ。
私の場合は、いつも“最後の解釈”で、この言葉を使っている。
貧乏であるがゆえに、一生懸命働かねばならず、とても自由な時間など持つことができない。
貧乏ヒマなしというのは、貧乏暇なしのことでありPoor men have no leisure. の事だと思っている。
時間に追われ続けた先週は、外出続きで、オフイスの自席に座る時間すら持つことができなかった。
土曜日のこの日も、休日を返上して、芝公園にある某ビルに向かって歩いていた。
暑さと混雑を避けたい私は、夏場はいつも、朝早くから行動する。
それでも、大江戸線の大門駅で降りて、増上寺(ぞうじょうじ)の境内を横切ろうとする私に、
午前七時にしては異様に厳しい陽射しが注いでいたが、土曜日の早朝の境内は、さすがに空いていた。
増上寺本堂と東京タワーのツーショット写真は、携帯電話
Fomaで撮ったもの。
Xperiaを使い始めて以来、
携帯画像への信頼を高くした私であるが、Fomaで写真を撮るのは久しぶりである。
XperiaとFomaの両刀使いとなった私にとって、
フイルムカメラGR21どころか、デジイチEOS5の出番
さえも、だんだんと少なくなって来た。
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我が家の構成員が、増えていた(^^♪
疲れて帰ると「ミヤァー」とかわいい声で癒してくれるnew comerである。
和室側にある庭で雑草取りをしていた女房のそばへ
子ねこが寄って来た。
そのまま行儀良く座って、作業を見ている。
水場に向かうと、後からついてきて、離れない。
写真は、あまりに可愛いので女房が携帯で撮った
7月8日の画像である。
毛並みが綺麗で、目ヤニなども無かったことから、
何処かの飼い猫が、我が家に迷い込んだのだろうと
女房は考えていたようだ。
ところが次の朝、
女房が新聞を入れようと外に出ると、
“ミヤァー”と鳴いて、何処ともなく現れた。
誰も子ねこを迎えに来なかった…のだ。
「昨夜は何処で寝たのだろう?」
「何か食べたのだろうか?」などと、心配しながら、家の中からネコちゃんの様子をうかがっていると、
ネコちゃんは、和室側の庭から車の下へ行って昼寝を楽しみ、それからリビング側の芝生の庭へ行って、
柘植の木の下に身を隠して、石楠花に飛来する小鳥を眺めている。
女房が「カラスが来たら大変だ」と心配した時、テレビの天気予報が「ゲリラ豪雨の接近」を報じた。
かくしてMiroちゃんは、我が家に招き入れられて、我が家の家ネコになった(^_-)-☆
獣医さんへ連れて行くと、
「健康そのもので(7月時点で)生後2ヶ月(5月初旬生まれ)」だったとのこと♪
生後4ヶ月となった今では、掲示の写真に比べて、相当おおきくなっている\(^o^)/
※
Tuesday, February 3, 2009
Tokyo Tower became a glossary of seasonal terms for my family.
私たちは食事会をおえて店を出た。頭上には東京タワーがライトアップされて、暮れなずむ東京の空に、耀いて立っていた。まるで私たちに覆いかぶさるように立っていた。こんな間近でタワーの勇姿を観るのは久しぶりだ。
出張などがない限り、遠くに近くに、ほとんど毎日のように東京タワーを目にしているはずなのだが、こんなふうにタワーの存在を感じたのは久しぶりであった。特に意識しなくても、ビルの陰から見え隠れする赤い東京タワーが、いつも私の視界にあった。これは頭上を見上げれば、決まって空があるように、視界にタワーが在ることは、私の生活の当たり前の一部となっていた。
お昼の時間に自席をたって、気分のリフレッシュと称して、芝公園を散歩することを日課にした時期もある。仕事に関係した某学会の少委員会とやらで、勤務時間後にタワーそばの機械振興会館へと足繁く通った時期もある。どうやら、タワーと私とは不思議な縁でつながっているようだ。
時間が許せば、わざわざ歩いて遠回りをする。タワーを観ながら、芝大門をぬけて増上寺へ。増上寺の山門をくぐると広大な境内が広がり、その場所から眺める東京タワーはことのほか美しい。桜や紅葉の頃の薄暮には、その美しさは際立って冴える。
Originally, a landmark literally meant a geographic feature used by explorers and others to find their way back or through an area. In modern usage, a landmark includes anything that is easily recognizable, such as a monument, building, or other structure. If it follows this definition, Tokyo Tower is certainly a landmark of capital Tokyo in Japan. Recently, Tokyo Tower was nicknamed “Red artistic production”. Tokyo Tower, decorated with the light, towers in the night sky. The appearance looks very magnificent. The tower is an exactly red artistic production. It matches to the spectacle of city in Tokyo, and gives us a million-dollar night view. We held a small and happy ceremony to announce the engagement of my daughter to her fiancé in UKAI, located near by Tokyo Tower. The tower gently watched a full detail. And, Tokyo Tower became a glossary of seasonal terms for my family.
その時代は、二本の映画、『Always 三丁目の夕日』と、『Always 続・三丁目の夕日』に、ありありと描かれている。多くの観客が笑い涙した映画、この映画に描かれた時代は、戦後の復興にアクセルを踏み込んだ時代であったとともに、みんなが不安を感じることなく、あたたかい夢を持つことができた時代でもあった。日本アカデミー賞などの映画賞を総なめにしたこの作品が描く世界は、否応なしに楽しくて、懐かしい。
映画には二人の少年が登場する。鈴木オートの鈴木一平くんと、その向かいに住む小説家、芥川(あくたがわ)ならぬ茶川(ちゃがわ)龍之介宅に暮らす淳之介少年だ。彼らの遊ぶ姿や彼らの服装に、私自身の少年時代が重なって懐かしい。
私自身も実のところ、映画に登場する二人の少年と同世代なのだ。そして、「夕日町三丁目」は映画の中だけに存在する特別な町ではなく、あの時代の全国津々浦々に存在した実在の町なのである。スクリーンに映し出された世界は、東京タワーの姿こそないものの、小学生時代に私が暮らした北陸の小都市の情景そのもの…。我が家にテレビが来た嬉しい日、そして洗濯機が来て、電気冷蔵庫がきた晴れやかな日々。華やかに電化されてゆく日々の映像は、私が小学生であった頃の記憶に符号する。
生活スタイルが大きく変化した。徐々に華やかになってゆく。明日の生活に夢を持った。だれもが明日に希望を持つことができた。そして「頑張れば必ず報われる」…そんな実感を持つことができた時代であった。
我々は昭和の戦争が終って数年してから生まれ…、日本が幾多の危機を乗り越えて世界第二の経済大国に伸し上がってゆく…そんな時代を生きてきた。そんな時代を見守ってきた『時代の証人』としての東京タワーは、昭和を生きてきた我々世代のランドマークと云うことになる。
厳かなるも楽しい食事会がとり行われた。わが娘の祝儀となる食事会が、東京タワー傍にある“江戸文化の粋を堪能できる美食の空間”と謳われる・うかい で行われた。嬉しいことに、この日もタワーは、その一部始終を、あたたかく見守ってくれた。我が家の歳時記の「幸せのひとコマ」を…見守ってくれたのである。
かくして東京タワーは、我が家の歳時記を語る際の記念すべきランドマークとなった。
Saturday, January 31, 2009
The experience made me deeply understand the meaning of "ZENGO”.
The Japanese restaurant UKAI is located near by Tokyo Tower. In 2007, the Michelin Red Guide, the oldest and best-known hotel and restaurant guide, awarded UKAI the Michelin stars. At this restaurant, we held a small and happy ceremony to announce the engagement of my daughter to her fiancé in January 17, 2008. And, two families enjoyed dining together. This experience made me deeply understand the meaning of ZENGO, "hibi kore koujitsu".
pronunciation : hibi kore koujitsu .or. nichi nichi kore kounichi
meaning : Day by day, it is good day. .or. Good day of every day.
雨の日もあれば、風の日もある。楽しさに満ちあふれた日があったかと思えば一転して、辛く苦しい嘆きの日もめぐって来る。
「どうして…こんなことに…なってしまったのか…」
「もう少し…早く気づいていたならば…」
「事前に何らかの手を…、こんな事態になることだけは避けたかった…」
誰もが、一度や二度は経験するという、それはもう苦渋の日々であり、地獄のような毎日。生半可な苦しみではない。そんな苦汁の日々を含めて、毎日のすべてが『人生最良の日』なのだと、この禅語は教えている。
つらいことがあった日でも、その一日は、あなたの人生にとって二度とめぐってこない『かけがえのない一日』なのである。めぐりくる毎日を「かけがえのない日々」と肝に銘じて、一日一日を大切に生きようではないか。このような生き方が、つらい一日を「好日」に変える力となるのだから。
あえて「毎日が良い日」と言い切ることが…、即ち『日々是好日』と看破(かんぱ)することが、禅の本質なのだと思う。晴の日も雨の日も楽しい日も辛い日も、全てが人生最良の日 と言い切る禅語。禅語というのは、禅の世界で用いられる特別な言葉のことである。
うかい 東京タワーのお膝元に、こんな素晴らしい場所が在ったとは…。2,000坪の敷地に和の粋を凝らした庭園が造られている。樹齢100年を越す古木が移され、築200年の造り酒屋が山形より移築される。飛騨高山の匠たちの伝統技によって造り上げられた『御食事処うかい』は、見事なまでに美しい。
長屋門風に造られた「一の門」から入る。
江戸の情緒と戯れる場所と云われている「じょうや坂」の石畳を下って、「二の門」へと歩をすすめる。一歩、そしてまた一歩…。歩をすすめる度に都心の喧騒が消え去っていって、いままでの喧騒に取って代わって「古きよき日本の風情」がただよってくる。なんという清爽、そして、なんという心地良さ…。
その先にある「お迎え処」で案内を請い、漆塗りの美しい回廊を通って、奥の個室へと向かう。その個室はまるで「離れ座敷」の如き趣きを備えていた。水屋がきられる数寄屋造りの座敷に、大きな開口のガラス戸が…、大きな開口は、どの席からも見事な庭園が一望できる仕組みだ。心憎いまでの設えではないか。
5年前に造られたと云うこの御食事処は、ミシュランガイド東京版に、ミシュランの星を獲得して載っている。ここで催された両家の食事会は、あたかも化成時代の瀟洒な江戸情緒にひたるような、そんな至福のひと時を感じさせてくれた。
心地好さに酔いしれた。お酒に酔ったのではない。「今日のこの席は、我が待望の…わが子のハレの場なのだ」と意識して、当然のことながらお酒はひかえていた。
心地好さに酔ったのである。思えばここ数ヶ月、辛いことが度重なって、気分の晴れない日が続いていた。周囲に重く垂れ込めた暗雲を、とりわけ瀟洒な場という非日常的な場所でとりおこなわれた、今回の嬉しい儀式によって、完全に消し去ることができたようだ。
今回のめでたい席で私は、禅語の意味を深く理解した。辛い日々を、あえて「好日である」と自分に言い聞かせて、生きることではない。辛い日々も、これにくじけることなく夢を持って、自分の身の丈にあわせて一生懸命に生きていれば、今日のような心地良い日がめぐってくるものだと…♪



